緩和ケア認定看護師実習開始
神戸研修センターから緩和ケア認定看護師の実習病院となっているが、今季の2名が来院された。大学病院と総合病院からと伺い、どちらも人材育成に熱心な病院と拝察される。
日本で初めてのホスピス設立した当院では、認定看護師のなかでも緩和ケアにおいて実習開始日に吉村から一言 ”聖隷” および ”ホスピス” のことを紹介する。 みなさん、実習病院を希望し配置されるので聖隷のことも承知で来院される。 が、なぜ創始者が結核からはじめて、ホスピスの設立になったかという話には興味深くお聞き下さる。
なぜ、ホスピスを設立したのか? 当時は ”がんにかかれば痛みに苦しがって死ぬ不治の病” と恐れられていた。 長谷川氏は、そのがん患者さんや家族の悲惨さを知って (病名自体を本人に知らせていないので、家族も本人の苦しさや痛みに目を背けながらの関係がとてもつらい) 何とかしたいと考えていた。 そんな頃、新聞で目にした記事にイギリスのホスピス病棟の紹介があった。 そこには、利用者が笑顔で車椅子で散歩している写真などが掲載されていた。 すぐに彼は渡英して、ホスピスの概念に触れ、日本の設立を考えることとなった。 当時、聖隷ではすぐにホスピス設立は無し得なかった。それには、事務部と診療部の反対があったと聞く。 つまり、そうでなくても経営が安定しない中、事務部は赤字部門が一つ増える理由で、治診療部は療に全力を傾ける中、終末期医療、緩和ケアに重要性を見出されなかった、ということであろうか。 けれども、1975年ホスピス建設を計画し準備を開始し、1981年日本初のホスピスを開設したわけである。
私の28年前の臨床時代には、塩酸モルヒネと赤ワインを混和した ”ブロンクトンシロップ” が鎮痛の内服薬で使い出した頃かと思う。 臨床医と『痛み止め』の投与の件では意見が対立し、たびたび怒鳴りあっていたものだ。 当然、臨床医はできるだけ使わない、私は痛みが取れるだけ使う立場である。 今は
日時: 2009年01月30日 13:04